次の世界

相変わらずテレビは繋いでないので見ないが、夏休み中の小学生の長女は                                             どこからか新たな情報を仕入れてきては無意識&秘密裏に温め、                                                 不意にその片鱗を表すことがある。                                                              例えば好きな音楽、絵に描く内容、言葉の端々に見える変化など。
人は他人には見えないような事を常に抱えているのだ。

描き上がった絵のファイルを作る際にサイズ、タイトル、制作年を                                                書き入れるのだけれど、2022と描く度に ? と思う。
そうか、まだ2022年か、と。

今年の制作数はもう100点をとっくに越えたのに、大きな絵を描いていない。
大きな絵を描かなければならない。
小さな絵ばかりを描いていたらこのまま消えてしまいそうな気がする。
大きな絵を描かなければならない。

いつも自身の何処かにこんな声が響いている。                                                         いや、大切なのはサイズよりも描かれた世界の深さだと知ってもいる。

描けばいい。
何を描くか。
赴くままに。
何処へ向かうのか。
そんな事を考えている内は何も生まれない。

出来ることは限られている。
使える時間にも限りがある。
大きなキャンバスを張った。
もう次の世界は見えている。

 

 

 

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