テーマ

F10 光のありか 2019

 

光のありか    F10

F20 森の鼓動 2018

 

森の鼓動     F20

 

昨年の暮れから少しずつ炙り出してきた2019年の制作テーマは

解放。

対象からの解放 と 自ら課してきた制限の解放。

対象からの解放とは、モチーフに頼り切らない作画アプローチで、

要するに 目に見えるもの を描かずに 目に見えないもの を見せられるか

という挑戦。

本格的に絵の勉強を始めた19歳の頃から、いわゆる写実絵画というのに

傾倒してきた過去があるのでおれにとっては青天の霹靂くらい混乱する。

従って、たった1ヶ月過ぎたくらいではどーにもならない。

 

もう一つの 自ら課してきた制限 というのはモチーフ選びの段階で、

これまで長いこと、誰が見ても美しいもの、場所、を避けて描いてきた。

富士山とか薔薇とか女とか。。。

もう今更おれが描かなくったって仕上がってる と思うから。

なぜそれを解放しようとしているかと言えば、

それはまたの機会に書くことにして、

まずは今月末から福山天満屋で開催されるグループ展に出展するための

絵を載せることにします。

光のありか は水彩画で描こうとしていたものをキャンバスでやってみた。

今年のテーマとは逆行する内容に苦戦したけれど、なんとか落ち着いた。

森の鼓動 は昨年より多発している鹿がモチーフの絵。

なぜ鹿かと言うと、深い意味はなく割と身近な野生動物でフォームが美しい

と言う理由で登場する。

自然界に生きる厳しさと命の尊さがテーマの絵です。

そしてそれを見る人間の内面を映し出す絵でもあるのです。

 

 

 

END OF THE YEAR 2018

20151023_174241-1

20181231_102835

20181229_134035

 

 

イタリアから帰り、11月末から色々なことが次々と重なった今年の年末。

8年住んだガード下のボロ住居兼アトリエを強制的に立退くこととなり、

期間の猶予はもう少しあったものの年内に決着したいとの思いから

仕事以外の体力を全て注ぎ込んで引越しの準備をしていました。

おれ1人の体力などたかが知れていますが、驚くほど多くの友人が手を貸してくれ、

引越し先の床貼りから壁塗り、荷物の移動や掃除などをハイピッチでこなし

良くある「どこにこんなにあったのか」という程の荷物を片付け、

ようやく一息ついたクリスマス明けに愛猫の片方が何の前触れも無く夜眠ったまま

息を引き取ってしまいました。

3年前に生後1ヶ月程で保護した2匹は片時も離れることなく共に成長してきたのですが、

環境の変化、ストレス、持病、元々の体力 などなど考えても考えても なぜ・・・

という言葉しか出てきません。

先日埋葬をし、家族共々迎えるはずだった新年を前に今は安らかに眠っていることでしょう。

 

幼い頃よりそれはそれは多くの動物と暮らし、別れを経験してきた中で学んだ距離感を

保って接してきましたが、この無念と空虚感はしばらく続くでしょう。

そしてこの悲しみは少しずつおれの人生の悲しみのエリアに流れ込み、

描く絵の中の世界に滲んでいくことになるでしょう。

 

 

下は新たな住居のアトリエスペースのBefore and After

自分勝手な中年の子供部屋見たいになりました。

ここでまた何百枚も描くことになりそうです。

そんな2018年の最後の日。

 

20181210_164258 

  20181210_164303

20181225_084854 

20181223_120301

カレンダー

20181017_162614

20181122_201754

 

 

丸善雄松堂の創業150周年となる2019年のカレンダーに

新旧6点の絵が採用され、とても綺麗なカレンダーが

届きました。

残念ながら一般販売はされていない様ですが、

来年1年間、私の絵を見ながら良い1年を送っていただければ

幸いです。

製作に携わって下さった全ての方に感謝します。

 

 

 

 

 

ENGINE

車雑誌のENGINEの中で

時計特集があり、アートと時計の”響宴”と言うコーナーで

ワタクシの「あとかた」がHYT H0(エイチゼロ)オールージュリミテッド

と言うモデルとのコラボレーションが実現しました。

共通のテーマは時の流れと水(液体)。

私の絵は1点物(サイズF10)であるが、この時計は日本限定8本だそう。

お値段も私のこの絵の10倍はする(笑)

とは言え、広い世界の中で似た場所を目指してものを作っている者

の一瞬の出会いはなんとも魅力的だ。

20181129_103155 20181129_103232

 

 

留学時代

憧れの花の都は最初から楽園だった訳もなく、まずは長期滞在するにあたって数々の掟を覚える必要があった。

イタリアにいる日本人のおれに道でいきなりニコニコ話しかけてくる外国人はだいたい財布を狙っているとか、

1日に2つの約束をいれてはいけないとか、朝から律儀に順番を守っていると夕方になっちゃうとか、
目を見て大きな声で話さないと相手が呆れてどっか行っちゃうとか、1年間同じ自転車を乗っているヤツは珍しいとか。
結局中古で手に入れた自転車には本体よりも高い鍵を付けてアパートの中まで持って入る徹底ぶりで1年間乗り続けたけど、
帰国時にあげた翌日盗まれたとか。
ネガティブなことを列挙するのは色々不自由な環境でポジティブに生活していく為の防御策だったのだ。
今思えばもっと気楽に行ければ良かったんだけど、なんせギラギラした目で勝ち取った国費留学の派遣だったから、
正直そんな余裕はなかったんだろうなぁ。

勉強の方も問題山積みで、語学学校やらアパートの契約(結局これは1人でやった)

から絵を描く環境作りから沢山の人の助けを借りてなんとかスタートラインに立ったのだ。
でも日本から送った画材も冬服も届く気配がなかったけど。

フィレンツェへ行く前に、留学先を探す為にニューヨークとロンドンを訪れて居たのだけれど、

最終的にフィレンツェを選んで留学試験にエントリーした理由は日本との共通点と圧倒的な差を同時に見いだしたからだった。

その内の1つは暮らしのスタイル。
家具、美術品、楽器、革細工など様々な職人がいる街で、住居は長屋(フィレンツェで戸建は珍しい)、

絶対的な地元愛を誇りにし、人との距離が近く挨拶は基本。そうかと思えば本当の仲間以外は1線を画す面もあり、
都って自然とこういう風になるのかな、と思ったのだった。
そんなところで絵描き志望の青年が何をするべきか!?アルノ川の畔で途方に暮れる訳にもいかず、
まずはここの暮らし振りに溶け込む事を目標に、食事から道の歩き方まで真似をしてみたりした。
毎日エスプレッソとパンとパスタと肉とワイン。時々ジェラート。
お陰で大して飲めなかったアルコールはワイン1本位は空く程度には楽しめる様に。
イタリア語はと言うと、アパートの契約時には電子辞書を片手に必死だったけど、
語学学校へ通い3ヶ月が過ぎる頃には毎日の買い物や切符を買って列車で各地へ出かけるのには苦労しない程度には慣れたのだ。

この間に出会った友人達とはその後長い付き合いになるのです。
そしてこの頃やっと画材が届き(とっくに諦めて現地調達してた)、相変わらず冬服は届かないままの12月のフィレンツェだった。

続く のか?

017
最初の研修で訪れたFIRENZE  以下当時描いたスケッチ。
019
研修の帰りに寄ったMILANO
027
PISA
016
FIRENZE
034
SAN MARINO
035
SICILIA   TAORMINA
044
PERUGIA
045
LUCCA

 

?>


archives