展覧会の制作は順調に進んでいる。(はず)
大作から30cmくらいの絵まで様々、ある程度大きい絵はそれだけ表現したいことがあるので
自然と力が入ったり覚悟が必要だったり・・・
絵を描いている最中は、頭の中で考えていることがたくさんあって、
つまらないことだったり、絵についてだったり、人生についてだったりする。
そのうちにどんどんとエスカレートしていって、だんだんと音楽も聞こえなくなって、気がつくと何処かで遭難してしまうくらい
遠くへ行ってしまうから、そうならないくらい音楽のボリュームを上げて描いている。
時々ノリノリで歌ったりとかして、外に聞こえちゃっているんじゃねーかナ・・・(恥)
そんな調子でこれまでに描いた大小何百という絵の中に、
頼まれたわけではないけれど誰かのために描いた、という絵がある。
何百の内のほんの片手で数えるくらい。
絵描きにとって、望まれて描けるなんて憧れちゃうぜ ってくらい幸せなことだけれど、
例え望まれなくても、この人のために描きたい、と思えることがあるなんて最高なんじゃないかと思う。
それは頑張って描けるものでもなければ、望んで描けるものでもないからたくさんはないし、次にいつ描けるかはわからない。
そんな絵は、展覧会に出ることもその場所以外にかかることもないかもしれないし、
例えば、明日を望む小さな絵だったり、色鉛筆で描いたポートレイトだったり、サイズも技法も様々だけれど
それでもおれにとっては特別なものにかわりはない。
昨日はそんなことを想う嬉しいことがあって、少し元気になってまた新しい絵を描いている。
遥か後ろに飛んで行ったパリの記憶が返ってきた。
一昨日、愚痴っぽいブログを書き(笑)今日も朝からキャンバスに向かっていたらパリの画廊からメールがきて、
パリで描いた4点の絵の内の一番でかい気に入りの絵が嫁入りした(祝)
なんでも南仏にシャトーを持っている(!)という方のところにいくらしく、あーいつか招待されちゃったりするんじゃねぇかな~・・・(そんなうまい話は無いんでしょうねぇ)
パリ展にだした絵の内、案内状に使った絵を含めて3点は来月頭からカンヌのギャラリーへ丁稚奉公へ行くことになったらしく・・・
とにかく、なんだか遠いところでトレビアンな風が吹いている。
どれから順番に手をつけていいのか悩みながら描いているけれど、
褒められると伸びるタイプなもんで、調子よく疲れも吹っ飛び俄然気合いが入ったりしちゃうのだ。
今日はこの夏の台北でのアートフェア用の絵を2点仕上げた。
画像はパリで描いた
「眠りの場所」130cm x 130cm mixedmedia on canvas 2011
待ち兼ねたゼ!夏だ!海だ!リゾートだ!
眩しい波と、ビーチへ出かけていって泳ぐとか目の保養をするとか、
喧騒から離れ、涼しげな高原で読書なんかしてゆっくり過ごすとか、
浴衣を着て(持っていないけれど)花火を見に行ったりなんかして、
朝から海で釣りをして、釣れた魚を肴に旨い酒を飲むとかねぇ・・・
そんな妄想を抱きながら描いて、描いて、描いて・・・飲んで・・・
そんな調子で過ぎ去っちゃうんでしょうねぇ、今年の夏は。
昨日は友人の店の執念・・・周年フェスタで大暴走(笑)
今日は朝から晩まで授業。
あすからまた全開で制作。
メリハリはあるね(笑)
いつの間にか梅雨は明け、真夏モード全開。
未だ日中はクーラーをつけずに自然の風とプロペラの風で制作している。
この夏、おれの身体は強い。
100号を筆頭に50号、30号、10号・・・と7、8点を同時進行で描いている。
このペースで間に合うのかどうかは不明・・・。
今のシルエットの手法になった2003年6月からずっと、
目に見えないものを捕らえようとしてきた。
風とか匂いとか温度とか。
まだまだやることはあるけれど、
最近、ちょっと近くなった気がする。
5年以降10年以内に、
手で触れられるものが描けるようになりたい
と思い、その準備をしている。
満月を見上げながら
遠くに想いを馳せる。
5月の初めころ、新美術新聞という情報紙に
「わたしの宝物」と言うタイトルで文を書いた。
宝物!?バイクかブーツか、帽子とかリングシューズも・・・なかなか悩ましい。
友人たちや絵の道具はもちろん、一番好きな絵描きは、と考えればすぐに出てくる。
生活の中で8割くらいは絵に関わることをしたり考えたりしている様な気がするけれど、
それ以外できっと一番多いのがギターを弾いている時間かもしれない。
何せ18歳の夏まではロックギタリストになるのが夢だったのだから。
14歳で初めて手にしてから幾本もの安ギターを弾き繋ぎ、受験生だった19歳の頃、数か月分のアルバイト代をつぎ込み、憧れていたギタリストと同じモデルを買った時から20年弾いているGibson -Les Paul- standard。
ピックアップはアルニコⅡを搭載。
構える高さからピッキングスタイル、ヴィブラートのタイミングなどなど、研究しては練習する日々。
高校生の頃は1日8時間弾いている日もあった。
基本を元にしながらもなるべくシンプルに、格好良く弾きたい。
大音量で弾いたときの身体の中がすべて音になってしまうような感覚はなんとも言えず高揚する。
しかし今思えば、Gibson-Les Paul-を手にした時に憧れは憧れのまま満たされた様に思う。
大声で叫ばなければ生きて行けないほど世の中に不満があったわけでもなく、黙って俺のプレイを聴け!と言えるほど弾けるわけでもなく、自己満足で楽しいのだからまぁ才能はない。
音楽でも美術でも、下手くそじゃいけないけれど、行きつく所、余分なテクニックよりも余計な飾りよりも最後に欲しいのはオリジナル。
憧れのギタリストモデルを弾いたところで真似以下にしかならないけれど、近づこうと必死になって追いかけ、その先にオリジナルを手に入れられるかどうかはどの世界でも同じく、また悩ましいところで。
そういう様々な事が巡り巡って「絵を描くこと」へと繋がって行く。
時々、「あなたの絵からはクラシックが聞こえてくる」と言われるけれど、実はロックが流れているんだ。
今日もロックをかけて、描きすすめたぜ。