ここしばらく、写実絵画が改めて注目されている様で、
専門でコレクションしている美術館もあって、
写真みたい!と言われたりする可哀想な一面もあるけれど
本物みたい!って言われるのはまぁ良いんじゃないかなと思う。
学生時代には写実をやっていた↑事もあるけれど、
おれの場合は 自分が本当に描くべきものが見つかるまでに
腕を落とさないため だった。
目で見える解りやすさと、大昔から現在まで、
意味は変れど物が存在する限りずっと続くであろう
身近なテーマは 音楽で言ったらラブソングみたいだな
なんて思った。
君はそこにいるだけで美しい。とか
光が射した瞬間にいつもとは違って見えたんだ。とか・・・。
嫌いじゃないし時々良い絵もあるけどね。上手いじゃなくて良い絵ね。
何故そう思ったかっていうと、例えば、
道端に落ちているタバコの吸い殻が目についた。あぁ、オレみてぇだな・・・とか
いい年して金も無けりゃ職もない。
生きてる価値があるかどーかも怪しいモンだけど、
だけどオレには夢があるぜ なんつって開き直ったり。
ネガティヴだったり悲のオーラに満ちている事だったりを
どん底から眺めて出来るだけ前向きに吐き出すのがROCKだ
と思うから。
おれの描く絵は、日々の喜怒哀楽の比率にも似ている。
綺麗で心安らぐ、とか 喜びに満ちている、とか
そんなに多くないでしょ。
同じくらい傷ついたり怒ったり悲しんだりするでしょ。
喜びには悲しみを潜ませ、暗さの中に光を潜ませ、
前向きに表すとこんな絵になる訳で、
そこにアイデンティティをミックスさせると
これまで描いて来た数百の絵もしっくりくる。
仮におれの絵を見て 写真みたい なーんて言ってくれでもしたら、
どう言っていいのか分かんなかったのね と思って笑顔で ありがとね って
言うけどね。
いや良いんだけど(笑)、
見た事ないけど知ってる気がする!って空気を描いているんで、
自分の心の中とか記憶の中とかに重ねて好きに見て頂戴。
この前 あなたの絵から音を感じました って言ってくれた方があって、
その絵、買った方がいいんじゃない?って言っときました(笑)
嬉しかったです。
おしまい。
約4年振りのうるう年なんだそうですね。
お陰で2日後だったはずが3日後になってしまったグループ展。
3月3日から、上大岡京急百貨店で開催される 日動画廊洋画名品展
に新作を2点出品します。
京浜急行線車内にも中吊りがでてます。
こんな絵も出ます。
現在6月の個展にむけて、その他諸々含めて6〜7点を同時進行
で制作する日々ですが、
キャンバスに向かっているとものすごく色々な事柄についての
考えが湧き出て来て、お?なんか開けるか?って気もするけれど、
上手くまとまるまでに時間がかかるのでまたの機会にします。
で、大作にも向かっている訳ですが、
描いても描いても進まない!絵が見えない!
分かっていたことだから今年始めから描いているのに、
その間に5点くらい仕上がっているのに、
大丈夫なんだろうか?ってくらい見えてこない(笑)
これから3ヶ月はナカナカハードな毎日になりそうです。
今から十数年前、正確には12年前、
日動画廊主催の新人作家登竜門の一つとして開催された昭和会展に
出品する選考に勝ち残り、そこで優秀賞をもらった。
1等は昭和会賞 当時の賞金は100万円。
次いで日動火災賞とか日動美術財団賞とかって賞があって、
優秀賞はその次にある賞だった。賞金は30万円。
その時の絵がこれ。S50号 WINTER SHADOW- NY 5TH AVE-
この数年前に行った初めての海外一人旅、
冬のニューヨークを歩き回った時の、刺激と焦りと怯えと野望を
朝の光に見透かされたと感じた瞬間に見た景色。
これを描いた当時は6畳と4畳半にキッチンと風呂がついた
木造のアパートに住んでいて、
そういえば後に「なんか汚らしー感じでしたねぇ」とか
「洗濯機が外にあるの初めてみた」とか色々な人に色々言われたけれど、
常にギリギリな生活なもんで、おれにとっては頑張って手に入れた城だった。
銀座の画廊までの搬入や額装は、アーティストの友人に手伝ってもらい、
満身創痍で臨んだ戦いだったわけで、まぁこれが駄目だったら死んでたかもな、
と思わなくもない前置きがあり、学生を終えて以降初の転換期だった。
この年に別の試験をパスした末、イタリアへ留学する事になるわけだけれど
それはここでは割愛。
兎にも角にもこの1枚でその後の身の振りを決めたり
自分の進むべき絵描きとしての路を見いだし、覚悟をした絵なんだ。
この時の気持ちは一生忘れない。
今日は銀座の画廊へ絵を納めに行ってきた。
今後の展覧会のスケジュールを確認したりしたのだけれど、
その隣で 昭和会 の搬入コーナーが設置されていて
あーここから始まったんだなーと当時を思い出した。
昭和会というのは、日動画廊主催の若手作家発掘を目的とした
コンペティションで、
学生時代から何度か出品していたけれど・・・
10数年前、当時は夏だった気がするんだけれど、
規定の最大、S30号(91cm四方)を2点持って画廊へ行き、手続きして出品。
審査に通ると本展である昭和会展に出品できる権利を得られる。
で、3度目の正直で予選を通過!
当時予選に出した絵がこの2枚↓
よく通ったな、と当時も思ったんだけど、とにかく
チャンスが一つ繋がった!と思って目がギラギラした記憶がある。
その後、本選の昭和会展で賞をもらう事になるんだけれど、
今回はそこは飛ばして、
それから10何年も経つと、当時 若手作家 で売り出していたのも
若手 じゃなくなるわけで・・・
若くないんで制作に使っていた椅子を7年振り位に新調した!
⇓
社長椅子だー!
今年も冬まで展覧会予定が詰まっていて、
何と来年いっぱいまで予定がある!
これから10年は、更に構えを正してフルスロットルで
加速して行きたい!舞台は世界中どこへでも行く!
最近そんな事を思って描いているのです。
下地の色作りを終え、絵の描き始めはだいたいこんな感じ。
いわゆる下書き的な線は描かず、金色の絵の具で一発描き。
当然至極難しい故に緊張感があって、角まできてぴったり
狙った所で終わると、良しっ とおもう。
ちなみに 飲んだら描くな を信条としているのだが、
絵の道具とウィスキーって似合うなとおもう。
我が人生をかけて絵を描いている間は頭の中は澄んでいて、
世間で言われている事について、何となく答えが浮かんで来た。
才能が何パーセントで努力が大半で、みたいなの。
目指すものがあったとして、ほぼ平等にチャンスが与えられる
のは、学生さん までなのかな。
社会にでて、しばらくは オレだってチャンスがあればやってやる!
とか思って一人で描きながらバイトで食いつないでいたけれど、
よく考えたら、こいつにやらせてみよう っていう見込みがなければ
そんなウマい話はやってこない。
コンペティションだって年齢制限があるし、タイムリミットは
刻々と迫っているから いつか なんて言ってたら何年も経っちゃうしね。
いつやってくるか解らない(特に本人には)チャンスは、
往々にして突然にやってくる。
自分のことなんてだれも見てくれていないんじゃないか!?
って時にも いつ来てもいい様に 準備はしておくといい。
絵を描くなら
一国の美術館を一人で埋めて余るくらい沢山描いておく とか
世界中どこにでも行く覚悟をきめておく とか。
その繰り返し だから
努力するのは死ぬまでずっと。
才能の有無は 全てが終わった時に あったんだな か なかったな か。
それが出た答えだ。
今日も描いた、明日も描く。
同士達よ互いに進もう。